最終話:後編 Melody Colors

 私立竜天寺(りゅうてんじ)学園、そこは自由を求める者たちの箱庭。
 永遠のような一瞬と、幻想のような現実の中、青年たちは今日も手探りで、そこにあるはずの何かを掴もうとしていた。
 目指すべき自分、出会うべき誰か、夢はいつも形があるようでいて、決して目には映らない。
 自由を追う程に不自由にぶち当たる、青春という名の闘争。
 そんな日々の中で、二人は出会い、惹かれあっていった。
 朱雀院(すざくいん)彼方(かなた)と、姫紙(ひめがみ)夢月(むつき)――共に偽名で、中二病。
 彼方の一方的な片思いで始まったこの物語は、沢山の人の物語と結びつき、混ざり合うことで、ついには夢月の物語まで辿り着いた。
 どこか中毒的な出会いの連続の中、二人は互いを縛っていた縄を解き、共に影響し合い、責任を分かち合う決意したのだった。

  そんな恋の物語を経て始まった、二人の新たな日々。
 並んで登校するその姿は、どうしたって注目を集めるものだった。
「しかし、まさか姫紙の本名があんなものだったとはな……」
 思い出したように話し出す彼方の姿は、まだ残暑が厳しい中、相変わらずのロング
コートに防弾チョッキと重装備、トレードマークの銀髪が目に眩しい。
「あんなものとは失礼ね。貴方だって、平凡を絵に描いたような名前のくせに」
 間髪いれずに返す夢月は、学園でも屈指の人気を誇る美少女ぶりはそのままに、最近では表情も豊かになってきたものだから、彼方とは違った意味で目に眩しい。
 その二人が並んで歩いているのだから、その光景の破壊力は目を見張るものがあ
る。
 しかし、端から見たら異様なこの組み合わせを非難する声は、意外と少ない。
「本名など、この世に仮住まいするための記号に過ぎない。真名である朱雀院彼方こそが、僕の本質を表しているのさ」
「そう」
「そうって姫紙、もう少し何かリアクションがあるだろ……」
「貴方こそ、本当に分かっているの? 私の本名を知ることは、契約を意味する。貴方はもう、一生私を護っていかなければいけないのよ?」
「その設定は、もう耳にタコだ」
「設定とは失礼ね」
「それに、契約だの何だのを抜きにしても、はなから僕はそのつもりだからな」
「……馬鹿」
 そう。二人は結局中二病で、余りにもお似合いなバカップルだった。


★          ★          ★


 新しい日々を迎えたのは、何も彼方と夢月だけではない。
 彼らと出会い関わった人達もまた、二人が変わったことで、その日々に新たな色を加えていた。
「しかし、どうしてお前達がついてくるんだ……」
「ハハッ、そう邪険に扱うな。女の中に男が一人というのも居辛いだろう?」
 不満そうに呟く彼方の肩を力強く叩くのは、クラスメイトの猪又(いのまた)力斗(りき
と)。
 彼方が夢月に興味を持った当初から、彼女の情報を教え、その後も極端に社交性に乏しい彼方を陰で支えていた、言わば恋のキューピットだ。
 もっとも、こんな筋骨隆々のキューピットはビジュアル的にご免被りたいところだが。
「そもそも、僕は姫紙と二人で……」
「まぁ、そう言わないの。あ、これ美味しいわね」
「ありがとー☆ いっぱいあるから、沢山食べてね♪」
 そう言って夢月に笑いかけるのは、一年生の飴宮(あめみや)糖子(とうこ)。
 彼方のお菓子の先生を務めたこともある糖子は、今日も“お菓子の妖精”の二つ名に恥じない腕前で、お手製のクッキーを振る舞っていた。
「おう、俺にも一つもらえるか?」
「モチロンだよー♪ はい、いのっちー」
 力斗にクッキーを手渡す糖子、身長差はまるで大人と子どもだ。
 その無邪気な笑顔と、香ばしい匂いの前に、彼方の表情も少し緩む。
 しかし、それも束の間だった。
「あらぁ、アナタ、よく見ると可愛い顔をしてるわね」
「触らないで下さい。呪いますよ」
「ウフフ、照れちゃって……」
 そう言って目を細めるのは、生徒会長の魅原(みはら)美夜(みや)。
 そして、そんな美夜に迫られているのは、巫女装束の社(やしろ)矢代(やしろ)。
 かつて美夜はその強い自尊心と性への奔放さから、彼方だけでなく、夢月にまで関係を迫った。
 その時はばっさりとあしらわれたものの、それで彼女の性格が変わる訳はなく、むしろ負けじとその積極性を増している。
「何なのこの人……」
 絵に描いたようにウンザリする矢代は、一年生の時に彼方に振られた過去をもつ。
 自分を否定した恨みから彼方に執着していたが、思いの丈を打ち明けることでその過去を清算し、今ではその感情に後ろ暗いところはない。
 最近は自称霊感少女の特性を活かして占いを始め、一部の生徒からよく当たると評判を集めているらしい。
「ねぇ、和服って下着つけないって言うわよね? 触って確かめてもいいかしら?」
「なっ……!」
 美夜が、矢代の巫女服にスルスルと手を這わせる。
「お前ら、いい加減に――」
「いい加減にしなさい!」
 控えめに制止しようとした彼方を上書きするように、大きな声が上がる。
「校内でハレンチな真似は許しません……!」
 そう言って美夜に掴みかかったのは、クラス委員の周防(すおう)真名実(まなみ)だ。
 先輩相手にも全く物怖じせず、額に青筋を浮かべながら怒るその姿は、まさにお堅い委員長像そのもの。
「もう、相変わらずうるさいんだから」
「貴方が無茶苦茶なのがいけないんです!」
 真名実は、かつて彼方が美夜に襲われた時にもこんな風に助け出していた。
 それだけでなく、彼方の夢月への恋心を認めてからは、姫紙の過去や転校の事実を教えることで、彼方の決意を促している。
 何だかんだ言って、面倒見のいい人だ。
「お前達は、何をしについてきたんだ……」

 そんな、和気あいあいと言うには余りに騒がしく、まとまりのない光景を前に、彼方は大きくため息をつく。
「だって、センパイ達はボクのお友達だから☆」
 彼方とは対照的に、糖子が無邪気に微笑む。
「友達……?」
「そ、大切なお友達。だから、一緒に帰りたいんだ♪」
「ま、まぁ、そう言われるとな……」
 自身が変わり始めるきっかけでもあった糖子の真っ直ぐさに、彼方は滅法弱かった。
「俺も親友として放っておく訳にはいかないからな」
「誰が親友だ」
「大切な人ができたのなら、そろそろどうだ? 漢(おとこ)部に入部しないか?」
「誰がするか」
 彼方が何度邪険に扱おうとも、力斗はその大きな体で豪快に笑いながら受け止め
る。
 その存在がどれだけ貴重か、彼方は口に出さないまでも、不本意ながら理解していた。
「わたしは、あなたを呪うためよ」
「おい!」
 微笑ましい空気にわざと水を差すように、矢代が口を開く。
「それから、姫紙夢月さん。あなたに一言言っておきたくて」
「何?」
 矢代は、切り揃えた前髪に隠れたその目を少しだけ細める。
「幸せにならなかったら、許さないから」
 そして、はっきりとそう告げた。
「分かった。約束する」
 夢月もまた、はっきりと返す。
 決していい加減ではない決意のこもったその言葉に、みんなもまた感銘を受けてい
た。
「あら、そういうこと? 朱雀院君ってば、意外と罪なオトコなのね」
 唯一人、美夜を除いては。
「会長、空気読んで下さい」
「自由がモットーの竜天寺学園の生徒会長に、その発言は野暮よ」
「何て都合のいい……」
「フフ……アナタ達のことだって、諦めてないんだから。何なら、三人でいっしょにど
う?」
 そう言って、美夜は妖しく、そして美しく微笑む。
「だから、いい加減にしなさいってば!」
 そして、最早様式美のように真名実がその流れを止める。
「お前は年がら年中怒ってるな」
「年がら年中その格好の貴方に言われたくないわね」
 眼鏡の位置をくいっと直しながら、真名実が続ける。
「いい? 貴方達はまだ高校生なんだからね! 私の目の黒いうちは、不純異性交遊なんて許さないんだから!」
「「不純って……!」」
 彼方と夢月のリアクションが、見事にシンクロした。
「ふじゅんいせーこーゆーってなに?」
「そいつは、一年生にはまだ早いな」
「不潔……」
「あら、綺麗は汚い、汚いは綺麗って言葉を知らないの?」
 そして、思い思いの反応をする面々。
「だあああもう……! よってたかって勘弁してくれ!」
 彼方の叫び声が、夕暮れの坂道に響き渡る。
 少し遅れて広がる、六人分の笑い声。
 その音色はそれはもうバラバラで、でも、どこかで確かに重なり合っていた。
 夕日に照らされて長い影が折り重なるように、出会い、想うことで、彼らはまた新たな物語を紡ごうとしていた。

 私立竜天寺学園、そこは自由を求める者たちの箱庭。
 しかしもう、彼らは箱庭の鳥ではない。
 彼らはこれからも見つけ続けていく。
 永遠にも勝る一瞬、幻想よりも豊かな現実を、出会い想い合う日々の中で、手にしていけるだろう。

―おしまい―

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萌える演劇創作集団モエプロ第5回本公演 “夢みた景色の描き方”

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