

人生は長く、青春は短い。
限りある時間の中で、人は出会いと別れを繰り返していく。
年中ロングコートに重装備、髪を銀色に染め上げ、“天啓を受けし者”を自称する中二病の男、朱雀院彼方。
三拍子揃った完璧超人ながら、両親を失ったトラウマから“月の民”を自称し、他人を一切寄せ付けない女、姫紙夢月。
自由であることが信条であるこの竜天寺学園で、誰よりも不自由に自分を縛り付けてきた二人が出会ったのは、ただの偶然だろうか。
確かに、運命という言葉を使うには余りに何気ない出来事。
しかし、夢月と出会い、彼女に恋をしたことで、彼方は自分自身を縛る縄を解いてき
た。
それは、今までとはまるで違う、出会いと変化に満ちた大騒ぎの日々。
青春は短い、などということは決してない。
出会い、強く思う一瞬は、永遠にも勝る。
そんな奇跡のような時間を、朱雀院彼方は駆けていた。
全てを賭けて、大切な存在を繋ぎ止めるために――
★ ★ ★
「愚鈍な! これだから体制に組み敷かれた人形共は……!」
苦悶の表情に顔を歪ませながら、彼方は全力疾走をしていた。
夢月が転校するという事実と、そのトラウマを知りながら、それでも彼女を思うと決意した彼方だったが、現実はそう簡単に進まない。
遡ること数分前、意を決して夢月のクラスに乗り込んだ彼方を待っていたのは、お別れ会の片付けをしているクラスメイト達。
そんな彼らに「勝手なことをするな!」という理不尽極まりない文句を叫ぶのと同時
に、彼方は一目散に走り出していた。
学園から外部へ続く出口は一ヶ所、その大正門までに追いつけなければ、彼方は手詰まりになってしまう。
「まだ行くなよ……姫紙!」
馴れない全力疾走に喘ぎながら、彼方は夢月の足跡を追う。
流れていく景色に思うのは、この二ヶ月のこと――七夕の出会いに始まり、暑い夏を熱く過ごした日々の記憶。
動きやすい格好とは真逆ながら、その記憶の一つ一つが彼方を早く強く駆け抜けさせる。
そして、彼方の視線はついに捉えた。
風に揺れる美しいポニーテールと、大きく輝く三日月の髪留め。
「姫紙!!」
その後ろ姿に向けて、彼方は人生で一番大きな声を出した。
一方、またしても遡ること数分前、教室での形式的なお別れ会を終えた夢月は、然したる感慨もなく歩き出していた。
悲しそうにしてくれるクラスメイトがいなかった訳でないが、元から遠い距離にいた人が、物理的にも遠くに行くだけというムードが大勢を占めていたし、夢月自身もそう思っていた。
だから、心残りなど何一つない。
「なのに、どうして……」
呟く彼女の足取りは、いつもの何倍も重かった。
ゆっくりと見て回るような思い入れもないのに、一体何が彼女をそうさせるのか。
一体、彼女は何を期待しているのか。
自分でも理解できない感情に揺さ振られながら、それでも夢月は遂に大正門まで辿り着いた。
この門をくぐれば、『姫紙夢月』として過ごした日々も終わる。
しかし、その瞬間彼女の耳に響いたのは、空気を裂く程に強烈な、自分を求める声だった。
そして今、二人は再び出会った。
「何とか、間に合ったか……」
息を整えながら、彼方は夢月と向き合う。
「どうして、貴方がここに……」
戸惑いながら、夢月は彼方と向き合う。
何秒、何分だろうか、その均衡を破ったのは彼方だった。
「どうしてもこうしてもない。君は僕の“運命の片割れ”だ。勝手にいなくなったりさせるものか」
「何を言い出すかと思ったら……それは、勘違いだと言ったはずよ」
夢月が微かに失望の色を漂わせるが、彼方に引く様子はない。
「勘違いのままで終わらせたくないから、ここまで来た。だから、俺の話を聞いてくれ」
「私は……」
「姫紙夢月! 僕は、君のことが好きだ!!」
姫紙の返事を待たずに、彼方が叫ぶ。
頬が紅潮しているのは、全力疾走をしたせいだけではないだろう。
姫紙を見つめる彼方の目は、どこまでも真剣に恋心を宿していた。
「何を、急に……」
「だから行くな! 姫紙!」
「無茶苦茶なこと言わないで。転校はもう決まったことよ……今更、どうにもならない
わ」
「この学園なら、転校の一つや二つすぐ取り消せる」
「私にその意志がないわ」
そう返す夢月だが、その声にいつものような固い意志は感じられない。
「だったら、どこへ行こうって言うんだ?」
「……それも、言ったはずよ。本当の私は“月の民”だって」
「天の羽衣で心を殺して、空飛ぶ車で月へ還るのか?」
「それは……貴方には、関係ないことよ」
「すまないが、ご両親のことは聞かせてもらった」
「!!」
彼方の決定的な一言に、夢月はいよいよ戸惑いを隠しきれなくなる。
「だから何ができるということではないけど……俺は、君を独りにしたくない。いや、俺が、君と一緒にいたいんだ!」
「……それは、同情?」
「違う!!」
彼方は強く否定するが、夢月の動揺は次第に悪化していく。

「同情じゃないなら、何だって言うのよ!」
「だから、好きだって言ってるだろ!」
「好きって……それが、何になるって言うの!? ここは私の居場所じゃない。私は、こんなところに居たくないのよ!」
「だが! 君の求めている居場所は……両親がいる光景は、もう戻っては来ない!」
夢月の顔を歪ませる言葉を、彼方は夢月以上に辛そうな顔をして言い放っていた。
「何を、言って……」
「だからこそ、作っていかなければいけないんじゃないのか!? 探すのではなく、ここに新しい居場所を!」
「違う! 違うわ! 私の居場所は確かにあるの! あの空の向こうで、待っているのよ……ずっと、ずっと……! それを貴方は、勝手なことばかり言って!」
そう叫ぶ夢月の目からは、涙がこぼれ落ちていた。
本当はもうどうしようもないことを、夢月自身が一番理解している。
しかし、理解しているからこそ、認めたくないのだ。
「勝手でも構わない。俺が、君と一緒に居たいのだから」
「……私の居場所になるとでも言うつもり?」
「いいや、言わない」
夢月の叫びも、嘆きも受け止めて、彼方は声に力を込める。
「僕は、今までずっと自分が特別だと思っていた。力があると……他人とは違うと思っていた。でも間違いだった。僕は、特別ではなかった。そのことを教えてくれたのは、姫紙だ」
「私が……?」
「姫紙と出会ったことで、僕は変わった。正確に言えば、変えられた。認めたくないこともあるが……誰もが特別で、だからこそ誰も特別ではなくて、それぞれに違いがあるということを知った。それは全て、姫紙と向き合おうと決めたからこそ、気づけたことなんだよ!」
「だったら……貴方はそうやって生きていけばいい」
「ああ。僕は結局僕でしかない。だから、君の居場所になるだとか、君を変えるだとか大それたことは言わない。でも! それでも僕は姫紙を好きになったから、一緒にいたいとしか思えないんだよ! この気持ちこそが、今の僕にとって唯一特別なことなん
だ!」
いつの間にか、彼方の体は酷く震えていた。
それは、今までの自分を否定する怖さ、本心をさらけ出すことの怖さ、あらゆる恐怖心と必死に戦っているからだ。
「……どうしてそこまで、必死になれるの……」
姫紙は、そんな彼方から目を逸らすことができなくなっていた。
突き放せば離れていく、所詮他人などそういうものだと思っていた。
そうやって姫紙は孤独を守り、特別であり続けることで、自身の歪んだ願いを維持してきたのだ。
それなのに、目の前の男にはそれが全く通用しない。
「どうしてかなど、僕にも分からない。でも、これが僕の思いだ。例え思いでしかなくと
も、それを姫紙に伝えたいんだ……!」
絞り出すように、彼方が言葉を続ける。
その言葉にはもう、本来彼方が得意としていた修辞も、どこかの誰かが言ったような美辞、それどころか理屈すらも残ってはいなかった。
ただ、彼方の言う通り、そこには確かな思いがあった。
「その、思いが……仮に私に届いたとして、それで、私がここに残ったとして、そしたら貴方は、どうするつもり?」
その思いに突き動かされるように、夢月が再び口を開く。
「私を、私の人生を変えて、その責任を、貴方はとれるの?」
これが、最後の一言。自分とここまで向き合ってくれた相手だからこそ放つ、最初で最後の問いかけだった。
「その責任をとるのは……きっと、僕だけではない」
「どういう、こと?」
「選択の責任をとるのは、いつだって自分自身だ。だから、姫紙の選択の責任を負うのは姫紙自身でしかない。でも、こうして姫紙を止めようとしたことへの責任は、僕がとり続ける。出会ったことの意味を、一緒に居たいという思いを、決して曲げはしない。で
も、それは義務感でも何でもなくて……それが僕の、願いだ」
彼方が、その願いを夢月に捧げる。
「……本当に、勝手な人。でも……」
その願いを受け取って、夢月がそっと涙を拭う。
「願い事なら、仕方ないわね」
そう言って、姫紙は笑った。
「姫紙……!」
「ここが、私の居場所になるとは思っていない。私の思いは、そうすぐに変わらない。
ずっと変わらないかも知れない。でも、貴方の思いも変わらないというなら……互いに願いを分け合っていけるなら、私もここにいる。ここに、居たいと思うわ」
その輝きは、太陽のように全てを照らす派手なものではなく、例えるならばそう、雲間から覗く月の光。
まだ不確かで隠れてしまいそうだが、いつか太陽よりも凜と輝く、予感を秘めた満月。
そして、その輪郭を赤く染めながら、姫紙は呟いた。
「貴方のことだって、好きになるかも知れないし……」
★ ★ ★
夕焼けの坂道を、二人は並んで歩く。
その影が、月にも届きそうなぐらいゆっくりと伸びていく。
出会いの物語は終わり、その姿を変えていこうとしている。
「な、なぁ、姫紙……」
彼方が緊張の抜けきらない様子で、夢月に話しかける。
すると夢月は、「そう言えば」と呟いて、その歩みを止めた。
「その『姫紙夢月』って名前、偽名なのよ」
二人の物語は、まだまだ始まったばかりのようだった。